菅野正寿さん
菅野正寿(すげの・せいじ)さん(52)は5人兄弟の長男。二本松東和地区で生まれ育ちました。東京にある農業者大学校を卒業し、「地元に帰って有機農業を始めよう」と決め、百姓を継いだそうです。2・4ヘクタールの水田で米を作り、地元の特産である桑のみを栽培し、野菜を作り、切り餅や味おこわなど農産加工も手がけています。また、NPO法人「ゆうきの里東和ふるさと協議会」の理事も勤めています。
Q 3・11以降、常に不安を抱えてきたと思いますが、そもそも田植えについては5月の時点で、福島県のOKが出て、それに基づいてみなさん田植えをなさったわけですね。
菅野 そうです。原発事故後の3月、地区の農事組合長を通して通知がありました。放射性物質の拡散を防ぐため、国と県が土壌の放射性濃度を分析するまで「耕してはいけない」「種をまいてはいけない」と。耕す春に耕さずというのは、あの戦時中でもなかったことです。
その後、5月になり、田んぼは放射能が基準値以下だったから、福島県の指示で「耕していい」といわれたんです。みんな田植えはしたものの、秋に収穫して買い手がつくか不安でした。でも、田んぼや畑を津波で流された農家や、原発事故の放射性汚染で避難している農家を考えると、「作れるだけいいんだ。がんばっぺ」と思いながらやってきました。農家は毎日、毎日が農作業だから、何もせずじっと待っているわけにはいきません。微生物や木酢を入れて野菜がセシウムを吸わないようにいろいろ試し、できるだけの除染をしてきたんです。
Q それがここにきて、「予備調査」で小浜地区の米から放射性セシウムが検出されるということになってしまった…。
菅野 牛肉と稲わら問題の時も、いかにも農家の管理が悪いというニュアンスの報道がありましたが、なぜ農家が頭を下げなくてはいけないのでしょうか。頭を下げ、責任をとるのは、東京電力や原発を国策として進めてきた国のはずです。ところが、マスコミも東電や国の責任を追求する姿勢が弱いと感じます。かつて戦争に突き進んでいったマスコミの誘導と、質は違ってもとても似ている。問題の本質を見えなくしているとしか思えません。被害者は福島県民であり、国民であり、加害者は東電と国であることはあきらかです。
Q 菅野さんは全村避難となった飯舘村の有機農家さんから、野菜や花の苗を託され、育てていたと聞きます。
菅野 4月に飯舘村の仲間の家に行ったとき「菅野君、オレらはもうダメだから、せめてこれを育ててくれ」とポットの苗を託されました。彼らがどれほど無念だったことか。先日、福島市内に避難している飯舘村の有機の仲間に会ったとき「避難する前の4月ころまでは、悔しさと怒りだったのに、5月に避難する頃はむなしさとやりきれなさになり、今、避難生活が3カ月になり、みんなバラバラになって、村からの情報もなかなか届かなくなり、100万円の仮払金をもらうと、後は自己責任のような心情になるのが怖い」と話していました。東電と国の義務を果たす責任をマスコミはもっと追究すべきです。私たちにできることはその責任を覚悟を決めて果たさせること。同時に毎日の暮らしのなかで力を合わせて復興することなのです。
Q 私は、農家さんたちを支えたい気持ちの一方で、みなさんの内部被ばくを心配しています。
菅野 私らも不安です。今、うちの田畑の空間線量は0・5前後ですが、毎日、土を触ってきたから、被ばくしている可能性は高い。一刻も早く、それぞれの自治体にホールボディカウンターを入れてほしいと要求しています。米の検査も大切ですが、「人間の検査」を急いでほしいのです。もし、被ばくしているなら田畑に入るのを控えるなど手だてを考えます。でも、被ばくしているかどうか、その実態さえわからないから続けるしかない。娘はできるだけハウスで作業をするようにしています。
Q 脱原発について考えを聞かせて下さい。
菅野 原発事故によって放出された放射性物質のために、福島の山林、海洋、里山、農地が次々に汚染され、私たちの暮らしが脅かされています。とりわけ、自然の循環と生態系を守り、健康な農作物、健康な家畜を育んで来た有機農業への打撃は深刻です。里山と落ち葉、その流水と田畑、家畜の草、堆肥、わらなど大切な循環資源がことごとく汚染されました。原発と人間は共存できないことはあきらかです。ただちに、すべての原発の停止と廃炉を呼びかけます。それを訴えていくために、福島の有機農家が集まり「脱原発・ふくしま有機ネット」を立ち上げたところです。
Q「脱原発・ふくしま有機ネット」は今後、どのような活動を予定していますか?
国や東電への要請行動をはじめ、いろいろ検討中です。11月27日には東京でシンポジウムを開く予定ですので、ぜひ来てください。
Q 改めて今の気持ちを聞かせて下さい。
菅野 これから先、どうなるのか不安でたまりません。仮に、今後、収穫した米から放射性物質が出なくても、福島や二本松と聞いただけで拒否する人が増えるのではないか。米が売れなければ来年の暮らしが成り立ちません。ここは原発から50kmほど離れており、国や県からの何の補償もありません。
Q 自分ができることを支援したいという人はたくさんいます。何を求めていますか?
どうか私たちの心に寄り添って下さい。大津波で家族を亡くした悲しみ、家も農地も流された苦しみ、いまだ避難を余儀なくされている苦渋、放射能に怯える子どもたち、汚染された農産物の怒り…。福島の心に寄り添ってほしい。
問題は次から次に押し寄せます。稲刈りをした後のわらはどうすればいいのか? 米ぬかは使えるのか? 米に放射性物質が移らなくても、わらやぬかは高いかもしれない(注参照)。来年の農作業に向けて、堆肥を積み込むために使っていいのか。来年の肥料(有機質の材料)をどう確保するのか。汚染されていないものを土に入れて、来年の種まきをしたいのです。「脱原発・ふくしま有機ネット」としても、堆肥を作るための有機質資材の支援もお願いしたいと考えています。そして、米の検査を受けて放射性物質がゼロだったら、米を買い支えてくれる人を増やしたい。私らは検査データはすべて公表します。どういう土作りをしてきたかも公表します。自分たちができることは努力します。
注)イネに吸収された放射性物質は、実のほうには全体の約10%しか移行しないといわれる。また、放射性セシウムは穀物(米や麦)の外皮・籾に多く、精米することで半分以下に減り、セシウムは水溶性のため、水で米をとぐとさらに半減するといわれる。